次に、さらに詳しい内容をご案内いたします。
はじめに
以下の情報は矯正歯科治療(以下「矯正治療」と略します)をしようと思っているすべての人に提供されるものです。矯正治療は、きれいな歯並びと機能的な咬み合わせ、感じの良いスマイルをもたらしますが、一方で、治療の限界とリスクのあることも理解していただきたいと思います。治療ができないという場合はほとんどありませんが、治療するかどうかを決定するときには考慮していただく必要があります。治療は通常、計画通りに進みますが、すべての治療技術と同じで、結果を保証できるわけではないことをご理解ください。
また主に6~10歳頃に行う「第1期治療(早期治療)」として位置づけられている治療では、前歯部の咬合改善や成長を利用した治療が主な内容です。永久歯の歯並び全体を治す治療は、その時期にはまだできませんので、中学生以降の時期に第2期治療として行う必要が生じる場合があります。
矯正治療の目的
矯正治療は、歯に直接力を掛けることにより歯を移動し、咬合を改善します。噛んだ時、上下の歯がより多く接触することで、咀嚼力を分散させ、骨や歯根、歯肉組織、顎関節に対するストレスを最小限にします。
矯正治療後は、歯や歯肉の手入れが容易になりますので、口腔衛生を向上させ、カリエスや将来の歯周病的問題を軽減します。
リスク
矯正治療を含めて、すべての医学的治療は、リスクと限界を持っています。幸い矯正治療では、合併症は稀であり、起こったとしても重大な問題にはなりません。矯正治療において重要な事項は以下のものです。
1.口腔清掃(歯磨き)について
1)カリエス(虫歯)、歯肉炎について
カリエス(虫歯)、歯肉炎について
口腔衛生を保ち、歯垢(プラーク)を除去することは、必ずやっていただかなくてはならないことです。多量の砂糖を含んだ飲食物を取り、適切にブラッシングをしなかった場合には、カリエス、白斑(脱灰)、歯肉の病変が生じる可能性があります。特に、ブラケットなどの固定式矯正装置を装着した場合に、リスクは大きくなります。フッ素やそれに代わるものを利用しない場合に、さらに悪化する可能性があります。
口の中の清掃状態が著しく不良で、上記の病変が生じる可能性が大きいと判断された場合には、医療者による機械的清掃(PMTC)をしていただくことになりますので、ご了解ください。(別途費用を申し受けます。)
虫歯治療のため装置を一時撤去したり、やむをえない場合は矯正治療を中断することもありえますので気をつけてください(治療の長期化に繋がります)。矯正治療中は、掛かりつけの歯科医院で定期的に診ていただくことをお勧めします。
2)歯周組織への影響について
治療前、歯を支える骨や歯肉(歯周組織)に不健全な状況があると(稀にそれがなくとも)、矯正治療による歯の移動によって、そこに病変が生じることもあります。しかし一般的には、矯正治療は、歯や顎の不正位に起因する歯の喪失や、歯肉の感染症を減らしています。歯肉の炎症や歯槽骨の喪失は、プラークが日常的に除去されていない場合に生じます。
2.治療の進行について
矯正治療の最良の結果は、患者の皆さまやご家族の理解と協力があってこそ得られるものです。決められた装置を決められた使用方法で正しく使っていただくことはもちろん、特にお子様の患者さんでは、ご家族の方の理解と励ましが大きな支えとなります。私たちスタッフもバックアップさせていただきますので、素晴らしいゴールを目指して最後まで頑張りましょう。
1)痛みなど
調節後は安静が望まれます。痛みに敏感になる期間は、個人個人によって、また処置内容によって異なります。(典型的な調節後の敏感な期間は24〜48時間続きます)異常な症状や、装置の破損、ゆるみに気付いた時はできるだけ早く担当医に連絡してください。
2)治療期間、結果について
治療終了までの期間は予定より延長することもあります。顎骨の成長が過大あるいは過小であった場合、装置や口腔内ゴムの装着不足、口腔清掃の不十分さ、装置の破損、定期的に来院しないなどの原因が治療期間を長引かせ、治療結果の質を低下させます。
3.矯正装置に関する事項
1)誤飲、切り傷などについて
矯正装置は、非常に小さな部品を組立てて造られています。それらを、誤って飲み込んだり、吸い込んだりする可能性があります。また、装置が外れたり、壊れたりした場合や、口をぶつけた時、頬粘膜や口唇は、引っかかったり、傷ついてしまいます。手に負えない場合は、担当医までご連絡ください。
2)アレルギーについて
矯正装置は、患者それぞれに対し、適切な治療結果を生み出すために選択されます。装置のタイプ、構造、組成は様々です。ある人は矯正装置の構成材料に対するアレルギーを有し、不都合な反応のため、代替的治療法か矯正治療の中止が必要となります。それは、治療が不十分な状態で終了することを意味します。ごく稀ではありますが、歯科用材料に対するアレルギーに対して、医科の処置が必要となる場合もあります。
3)顎外装置について
顎外装置(口の外に出る装置)は、不適切な取扱いをすると、口の中のみならず、顔や眼を傷つける可能性があります。ふざけ合う時やスポーツをする時などは、使わないようにしてください。使用中は、常に注意を払うことをお勧めします。顎外装置の着脱は、診療室で教わった通りの手順で注意深く行ってください。
4)セラミックブラケットについて
セラミック製(透明、歯と同色)のブラケットを使った場合、ブラケットの破損、咬み合う歯の磨耗や、ブラケット撤去時にエナメル質剥離や破折を生じたとの報告があります。
4.歯、歯周組織について
1)歯根吸収について
矯正治療中に歯根の先端が短くなることがあり、これは「歯根(外部)吸収」と呼ばれています。通常この歯根吸収は最小限で、大きな問題を起こす事はありませんが、稀に吸収量が多く、歯の寿命、安定性、動揺度に問題をおよぼすこともあります。
また、主に若年者において、稀ですが歯髄(図参照)の側から吸収が生じることもあります。これは「歯根内部吸収」と呼ばれ、進行すると歯質が薄くなるため歯がピンク色を呈し、穴が開くこともあります。
すべての歯根吸収が、矯正治療により引き起こされるわけではありません。歯の外傷、舌突出癖、埋伏状態からの牽引、内分泌疾患、炎症性素因あるいはその他の未解明の原因からも生じるものなのです。
また、矯正治療前から歯根が短い場合は、治療内容が制限されてしまうこともあります。
2)咬合性外傷、咬耗について
歯の移動中は、時として咬み合わせを不安定にすることもあります。少数の歯しか咬み合わない時期に、歯軋りや食いしばりなどにより異常に大きな力を歯に掛けると、歯の磨耗や歯周組織の損傷を生じる恐れがありますし、歯の動きも遅くなります。
3)骨性癒着について
時に、歯が顎の骨へ癒着している場合には、力を加えても歯が動かないため、歯の移動に制約が生じることになります。この時には治療計画の再検討・変更が必要です。癒着は治療前に判明している場合もありますが、治療中に分かる場合もあります。
4)歯髄損傷について
事故で外傷を受けた歯や、大きな充填をされた歯は、歯髄に損傷を受けている可能性があります。矯正治療による歯の移動は、この症状(歯髄損傷)を悪化させ根管治療が必要となる場合もあります。
また、矯正治療による歯の移動中、あるいは治療後に、ごく稀ですが、歯髄の血流が失われたり、それによって変色(灰色)を生じる場合があります。
5)歯肉退縮について
矯正治療による歯の移動によって、歯肉が退縮し、歯根面が露出したり、歯の根本部分で隣接歯との間に三角形の隙間(ブラックトライアングル)が拡大することもあります。
5.異常習癖について
舌癖、指しゃぶり、爪咬みなどの癖により、治療が計画通り進まないことや、治療後の歯並びに影響が出ることがありますので、そのような習癖がある場合は、指導に従ってトレーニングをしてください。
6.顎関節への影響について
矯正治療中は咬み合わせが不安定になることもあるため、時として、顎関節に問題が生じることもあります。顎関節部の痛み、雑音、開口制限などの症状です。これらの症状は、矯正治療や咬み合わせとは直接関係のない原因で生じる可能性もあるものです。症状が出た場合は、担当医に正確に症状を伝えてください。必要に応じて対処します。
7.外科的処置のリスクについて
口腔外科、抜歯や顎外科(外科的な顎骨の移動)が矯正治療とともに必要となるかもしれません。特に叢生の改善や、重度の顎位不正を直す場合にです。治療や麻酔についてのリスクは、処置に対する決定をする前に、かかりつけの一般歯科医や口腔外科医と十分話し合うようにしてください。
8.歯の形態、サイズの修正、空隙について
歯の大きさ、形には大きなバリエーションがあり、また欠如歯のある場合もあることから、理想的な結果(例えば空隙の完全閉鎖)を達成するためには、補綴(修復的)歯科治療が必要な場合もあります。最も一般的な歯科治療は、ラミネートヴェニア(審美的接着)、クラウンやブリッジの装着、インプラント治療です。
上下の歯の大きさのバランスを調整するために、歯を削ることでそのサイズを調整する手法(トリミング)も行われます。
治療の途中や最終段階で、細かい噛み合わせを調整するために、歯の形態修正(歯や詰め物を削ったり、修復材料を盛り足したりします)を行うこともあります。
歯列の途中にある歯を抜歯した場合、その空隙を完全に閉鎖できない、あるいは一旦閉鎖しても再び開いてしまうことがあります。成人において、その傾向が強くなりますが、必要があれば、接着性プラスティック材料で補うこともできます。
9.治療の限界
私たちの目標は、皆さまが機能的な咬み合わせを獲得されることです。しかしながら、生身の人間を相手に、遺伝的素因、治療への協力、成長発育という要素が関与してくると、この目標がいつも達成されるとは限りません。歯の形成不全や顎骨成長変化の異常は、望ましい結果の達成を妨げてしまいます。機能的に十分であり、審美的にも容認できる結果であれば、満足できるものと考えなければなりません。
10.術後の安定と再治療について
歯は、矯正治療終了後にも位置を変える傾向があります。正しい保定装置装着は、これを減少させます。一生を通じて、様々な原因で、咬合は変化する可能性があります。これは矯正治療経験の有無にかかわらず、どんな人についても言えることです。たとえば、親不知(第三大臼歯)の萌出、遺伝的要因(舌の大きさ、歯や顎の大きさ)、成長成熟変化、口呼吸など口腔習癖、楽器の吹奏、口腔周囲の筋圧バランスの変化などで、歯の配列の乱れや、前歯の前突が少しずつ起きてきます。これらは、矯正歯科医のコントロールできる範囲を超えています。歯や顎の位置が不正な位置に動き、再治療(外科処置も含めて)が推奨される状態になることもあります。再治療の範囲は、問題の性質によりますし、マルチブラケット装置の再装着も含めて、様々な装置の形が考えられます。
11.治療中断、転医
矯正治療は、一貫した治療方針のもとで、素晴らしい結果が得られるまで行われることが望まれます。しかし、患者さんの都合により治療を中断する場合、その後に起こりえる歯科的なトラブルについて、責任は負いかねます。
また、やむを得ず、転居などにより転医しなければならない場合には、できる限りスムースに転医できるよう対処します。治療費は、治療の進行状況に応じて精算します。
12.全身の健康状態について
一般医科的問題、例えば骨、血液、内分泌の異常は、矯正治療に影響します。自らの健康についてのどんな小さな変化でも、担当の矯正医に情報を伝えてください。
可能性のある代替案について
大多数の方にとって矯正治療は、選択できる処置です。矯正治療に代わる一つの可能性のある方法は、全く何も治療しないことです。現在の口腔内の状況を容認し、矯正治療の修正や改善を行わないと決めることはできます。提案した矯正治療計画に代わる方法は、個人個人の矯正学的問題点の性質によります。すなわちそれは、歯の大きさ、形、健康状態や、歯の支持組織の状態、患者さんの審美に関する考え方によります。
代替治療は以下の内容を含みます。
- 抜歯、非抜歯の変更
- 外科矯正か否かの変更
- 補綴的解決法(人工の歯を入れる治療)を取るか否か
- 妥協的アプローチをするか否か
治療上の代替案や他の治療上の質問について、主治医と治療に入る前に討議しておくことができます。
歯科矯正用アンカースクリュー使用に関する注意事項
矯正医から提示された治療計画の中に、「歯科矯正用アンカースクリュー(以下「スクリュー」と略す)の使用」が含まれている場合には、以下の項目を使用の承諾をする際に考慮すべきです。
- スクリュー周囲の清掃が不十分ですと、感染・炎症を起こす可能性があります。
- スクリューはチタン合金製で人体にほとんど害はないとされていますが、まれに金属アレルギーを生じる可能性があります。
- スクリューは、植立部位によっては、植立が安定せず、脱落を起こす場合があります。その場合は、他の部位に再度植立させていただきます。
- 歯と歯の間にスクリューを植立する場合、歯根への接触・損傷のリスクがあります。
- 上顎の臼歯部(頬側・口蓋側)にスクリューを植立する場合、方向によっては上顎洞に穿孔するリスクがあります。
外科矯正治療に関する考慮
矯正医から提示された治療計画の中に、矯正治療のみならず顎骨の外科的移動が含まれている場合には、以下の項目を治療開始の決定をする際に考慮すべきです。
- 外科矯正前に矯正器具を用いて行う歯の移動は、現在の顎位での咬合を治すためではなく、上下各々の顎骨の中で良い位置に歯を動かすための処置です。従って、見た目や咬合は、この段階では悪くなることがあります。
- 患者の意向で外科矯正から非外科矯正に治療方針を変えると、治療期間の延長や治療結果の妥協につながります。
- 治療計画の変更は、かかりつけ歯科医や口腔外科医とも相談すべきです。
- 治療前に口腔外科医との相談は、提示された治療計画を始めるか否かの決定を下す際に助けとなります。